児島観光ガイド協会では、地域の歴史や文化を深く学ぶために定期的な研修を行っています。
今回はメンバー23名が、江戸時代に大規模な塩田を経営し、現在もその伝統を受け継ぎ塩づくりを続けている「ナイカイ塩業株式会社」(玉野市胸上) を訪問し、研修を実施しました。
研修で学んだ最新の塩づくりと塩と地域の歴史についてご紹介します。

児島と塩の歴史
児島三白の一つとして知られる「塩」。かつて野﨑家は味野浜や赤﨑浜、さらに玉野市山田沖に広がる塩田を所有し、その規模はなんと181町4反余にも及びました。
この広大な塩田で製造されていた塩は、時代の移り変わりとともに形を変え、現在ではナイカイ塩業の工場で生産が受け継がれています。
「塩」というキーワードは、地域の産業と歴史を語るうえで欠かせないもの。今回の研修も、その価値を正しくお客様に伝えるための大切な学びの場となりました。
最新の製塩技術を学ぶ
見学の冒頭では、ナイカイ塩業の担当者さまより「塩のつくり方」や「野崎家の思い」についてスライドを交えた説明を受けました。
現在の主流は、昭和46年から導入された 「イオン膜濃縮法による海水濃縮装置」 と 「真空蒸発缶四重効用システム」 を用いた製塩法。食品としての安全性を担保するため、厳格な衛生管理のもとで製造されていることも強調されました。





静けさの中で進む製塩工程
座学のあとは工場の中へ。
まず見学したのは「採かん工程」。特殊な技術を用いるため撮影はできませんでしたが、驚いたのはその静けさ。大規模なプラントでありながら音一つせず、海水から濃縮海水(かん水)がつくられていく様子を間近に学びました。
続いて「せんごう工程」では、真空蒸発缶システムによってかん水を加熱・蒸発し、塩を結晶化。巨大な装置の迫力に圧倒されながらも、効率的に塩が析出していく工程を知ることができました。
その後、遠心脱水や熱風乾燥を経て完成した塩は、「包装 → 保管 → 出荷」という流れで私たちの食卓に届けられます。






瀬戸内と塩づくりの深い関わり
「塩はどこでも作れる」と思われがちですが、実際にはそうではありません。
玉野市胸上は、瀬戸内海の穏やかな潮流、そしてかつて石炭が採れた地理的条件により、製塩に適した環境を備えていました。
まさに「地産地消」の考え方が根付いており、岡山の塩ブランドを支える大きな要因となってきたのです。
野崎家の塩づくりの評価
最後に伺ったのは「旧専売局味野収納所」の評価について。
なんと児島味野収納所のランクは全国トップ3に数えられたそうです。
これは、生産能力や品質が他の製塩場所よりも優れていたという事だそうです。
この事実は、野崎家の塩づくりが全国的にもいかに高く評価されていたかを物語っています。
最後に
今回の工場見学を通じて、塩づくりの歴史と最先端の製法を学ぶことができました。
児島観光ガイド協会として、今後は野崎家住宅や地域のガイド活動の中で「塩の物語」を織り交ぜながら、訪れる方々に児島の魅力をお伝えしていきたいと思います。
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